レクイエム

それは未来の情景か、それとも遠い過去の幻影か


花が散る、儚く、美しく、そして無残に。
その中に二人の魔物がたたずんでいる。

「お久しぶりね、もう会うことは無いと思っていたわ」
エリは変わり果てた旧友に呼びかけた。
彼は理性を失ってからかなり時がたつのだろう。
服はもうぼろぼろで、あらゆる所に血がこびりついている。
そしてただ、飢えを満たすためだけに彼の体は動いていた。

エリの主である、留香を襲った魔物が彼だと知った時エリは驚いた。
エリの記憶の中の彼は、友人の主を襲うような魔物では無かった。
しかし、彼の隣にいるはずの女性が居ないことに気づき、納得した。

彼はもはや、エリの言葉を理解してはいなかった。
そもそも、目の前に居る者が何者なのかもわかってないのだろう。
ただ本能のまま、食事の邪魔をするモノを排除しようとするだけ。

彼の動きには、もはや理性や知恵は無い。
エリは、その単純な攻撃を軽く避ける。
それに怒ったように、闇雲な攻撃を彼は続ける。
エリはそれらを軽くよけながら、過ぎた昔をふと思い出す。

数百年前に会った彼は、常にきっちりとした服にタイを締めていた。
そして、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。
彼の隣にはいつも少女がいた。
その少女は、エリと同じ魔物だった。
初めて会ったとき、彼はまだ人間だった。
そして彼は魔物の少女と愛し合っていた。
そんな二人を見て、エリは忠告したのだ。
「人と魔物との間で恋をしてはいけない」
「人は魔物を幸せにはできないから」
遠い昔、エリも人間である主人と永久の愛を誓い合った。
そしてエリと愛し合った主人は、エリを置いて逝ってしまった。
所詮、人間と魔物とでは、生きる時間が違う。
いずれは彼も運命にある。
本当に彼女を不幸にしたくなければ、少女を置いて死に逝く前に別れたほうがいい。
エリはそう忠告して、二人と別れた。

彼の長く伸びた爪がエリの頬を掠り、白い肌に赤い筋をえがく。
自分の血の匂いに煽られたエリは攻撃に転じる。
瞳に紅い光が差し、利き手の爪が長く固くなる。
エリはその爪を、彼の喉元めがけて振りかぶる。

彼らと再会したとき、彼は魔物へと堕ちていた。
彼は、少女を愛するが故に人としての生を捨てたのだ。
彼は言った。
「こうすれば、彼女とずっと一緒にいられる」
幸せに満ちた彼の声に、エリはなぜか哀しみを覚えた。

エリの爪は彼の喉元を捉えられず、首に浅い傷をつける事しかできない。
そして、彼の攻撃がエリを掠め、エリの攻撃が彼の肌に傷をつける。
戦いが続くにつれ、互いに傷は増える。
二人が動くたびに鮮血が舞い、辺りには散りゆく花の香りに混ざり血の匂いが漂う。
エリの爪が次第に彼を追い詰めてゆく。
やがて、彼は力を失いその場に膝をついた。

再会後、彼の居ない所で少女はエリに打ち明けた。
「何故かしら、幸せなはずなのに不安なの
 愛する人を魔物に落としてまで手に入れた幸せなのに
 いつか、この幸せが壊れてしまいそうで」
少女の不安の理由がエリにはなんとなくわかった。
終わりの無い幸せなど存在しないことを知っていたから。
だからエリは彼女に言った。
「大丈夫よ。いつか終わりが来たら、私がすべて見送るから」
だから安心してと。エリは少女のために、実際には実行されることの無いであろうことを約束した。
それが、ただの気休めだと理解して、それでも少女は微笑みながら頷いた。

エリは止めを刺すために銀のナイフを取り出した。
魔物は簡単には死なない。殺すためには銀の刃物で心臓を貫くしかない。
ふと、エリは歌を口ずさむ。それは遠い昔に滅びた国の歌。
そして、少女がよく口ずさんでいた歌。
あの少女らしき魔物が人間に滅ぼされたと、風の噂で聞いたのはいつだったか。
その噂を聞いた時、エリはどこかで眠る彼女のためにその歌を唄った。
血の臭いをおびた風に、もの悲しい旋律と、遠い昔に滅びたどこか優しい言葉が混じる。

Let's plant white flower. To an beginning of my and your.
Let's cultivate yellow flower. To an encounter of my and your.
Let's make a red flower bloom. To an oath of my and your.

エリは囁く様に唄いながら、鈍く輝くナイフを彼の胸に向けた。
すると、彼の瞳に理性の光が戻った。
彼の唇は少女の名をかたどる。
エリはゆっくりと首を横に振りながら彼に囁く。
「いいえ、あの娘は遠い昔に逝ってしまったのでしょう?」
エリの言葉に彼は答える。
「あぁ、そうだったな」
夢を見ているかのような口調で彼は続ける。
「あの娘のいない世界など、存在しないはずだったのにな」
そして、途中で途切れていた歌を彼は唄う

Let's gather blue flower. To a treachery of my and your.
Let's offer black flower. To a burial marker of my and your.

エリは泣き笑いの顔で呟く
「大丈夫、いまあの娘のいる世界に送ってあげる。でも困ったわ、貴方に送る献花が無い」
おどけた様なエリの言葉に苦笑しながら彼が言う。
「花は要らないな」
懇願するように、彼は続ける。
「花よりも歌を。狂ってしまった運命と、魂を鎮める歌を」
彼の言葉にエリは静かに頷いた。
そして、彼の胸にナイフを突き刺す。
彼はエリに微笑みかけながら囁く。
「ありがとう」
そして、彼の体は灰になり、やがて風に舞っていく。
それを見守りながら最後のフレーズを唄う。祈りをこめた声で。

The flowers which me are The requiems for you.
The flowers which you are The requiems for me.

風に、エリの歌声が溶けて消えて行く。
「正直、私は貴方がうらやましいわ。貴方はあの娘の元にいけるんだから。
 私はいつ、あの人の元にいけるのかしら」
俯きながら、呟いたエリの瞳から涙が一筋こぼれる。

ふと、彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。
その声に顔を上げたエリの瞳に、心配そうに駆け寄ってくる留香の姿が映る。
涙の跡を拭いながら、エリは留香の方へ歩き出した。

確実なことは、彼女の傍を一生離れないと約束したその日から
彼女を置いて、あの人の元へ逝くことは許されないであろうことだけ。








※コメント※
この作品は、ぽてちさんの前サイトでカウンタ2万ヒット突破記念の時に、リクエストを頂いてお贈りした作品の修正版です。
見なおしてみたら、贈った時にははわからなかった粗に気付き、ぽてちさんにお願いしていったん返してもらい修正させていただきました。

当時のリクエストは確か
「シリアス.ダーク系」で「死にたいけど、死ねなくて悩んでいる」
といった内容だったと思います。
リクエストの内容を聞いたとき、
「あ、これうちのサイトのヒロインだ」
と思い、サイトで連載中の作品の設定を利用して書きました。
作品中の「エリ」については、私のサイト「Silver Bullet 〜Works〜」で「短文」の「約シリーズ」として連載している作品で「エリセシア」という名前で登場していますので、興味をお持ちいただけたら是非こちらの作品も宜しくお願いします(ぽてちさん、勝手に宣伝してごめんなさい)

作品中に出てくる英文も、私のサイトで公開している「鎮魂歌」という詩を英訳したものです。
但し、英語のテスト赤点ギリギリの私が訳した物なので文法等、合っている自身はありません。
もし間違いがあっても、「大昔に滅びた言語という設定だから、今と文法や単語の意味が微妙に違った」ということで、気にしないでください。
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